ローカライズディレクターに求められる能力とは
―ローカライズのむずかしさはなんでしょうか?
塩野さん 「原作のユニークさや世界感がきちんと日本の読者に伝わる内容になっているか」、「日本の読者に抵抗なく受け入れてもらえるか」という点です。例えば、原作を読んでいて耳慣れない韓国語が繰り返し出てきたことがあったのですが、翻訳担当は直訳で訳していました。韓国人の友人に聞いたところ、韓国の人気ユーチューバーが流行らせた言葉でした。原作は時代の流行語まで取り入れたセンスとユーモア溢れる作品なわけですが、これを直訳してしまったのでは原作のユニークさは消えてしまいます。かといって、韓国ネタをそのまま使用してポイントを理解できる日本の読者は少ないでしょう。日本で同じようなニュアンスでバズった言葉はないか、そんな検討をします。何に置き換えるかのアイデアを掴むためには、常に日韓両方の流行や文化にも精通していなければなりません。
以前あるプラットフォームで配信されていた作品に対して、「明らかに韓国作品なのになんで無理に日本設定にするの?番組名とか明らか韓国じゃん!」というような読者からのコメントがついていたのを目にしたことがあります。最近は、日本でも韓国のバラエティー番組などが知られているため、日本設定へのローカライズ作品にも関わらず、作品内のセリフに韓国の番組名のパロディをそのまま使用していたことに読者が違和感を感じたようです。日本設定への置き換えをする場合には、こういった番組名のパロディもきちんと日本のバラエティー番組のパロディにする必要があるなとその時思いました。また、韓国オーディション番組などが日本で放送されるなど、「韓国らしさ」を楽しむ日本の読者もかなり増えてきている印象があるので、芸能事情やアイドルの宿舎生活を背景においた作品の場合には、無理にローカライズをしないほうがよいのではないか、といったご提案をすることもあります。
-ローカライズディレクターのやりがいはなんでしょうか?
塩野さん 「信頼」が生まれることですね。制作会社の担当者が韓国語をわからない場合もあり、担当者から詳しい内容を知らされないまま、作品を受け取ることもあります。そういった際に私が両言語・両文化をある程度把握している状況且つ、日本人の視点で原作を理解した上での提案や判断をしてあげることができます。そういった細かい配慮に感謝され、担当者の方からの信頼が次のお仕事に繋がった時は本当にやりがいを感じます。
また、翻訳・写植担当の方々が仕事以外の雑談内容を納品時のメールに一緒に書いてくれたり、「塩野さんだから働きやすい」と言っていただけた際にもすごくやりがいを感じます。新型コロナウイルスの影響もあり基本的には皆さん在宅ですので、普段は顔が見えない状態で仕事をしています。そういった環境のなかで、どれだけ信頼いただき、頼っていただけるかを大切にしています。
―ウェブトゥーンディレクターにはどんな能力が必要だと思いますか?
塩野さん 指示や判断をするうえで、語学能力や写植スキルなどはある程度必要かと思いますが、それよりも重要なのは「配慮・気配りができるか」や「コミュニケーション能力」ではないでしょうか。正直語学や技術面は、自分の努力次第でどうにでもなります。私も元々はまったく別の業界で仕事をしておりましたので…。
原作の作家、制作会社、翻訳・写植・校正担当など、日々様々な方と常に連絡を取っています。仕事の特性上、間違いの指摘や納期の変更など、連絡を必要とすることの大半がマイナスな内容です。人は指摘ばかりされて自分の意見が受け入れてもらえないと、自信や自分の必要性を感じなくなり、好きだった仕事も楽しくなくなってしまいますよね?なのでご連絡する際は、「今回の意訳提案よかったですよ!」や「写植に関して原作の作家様から賞賛の言葉ありました!」など、できる限りプラスの内容も一緒に共有するように意識しています。また特にご相談がなくても、工数がかかる作品に関してはお見積に無理がないかであったり、お子様がいらっしゃる方には小学校のお休み時期なども意識して納期を調整をしたり…、お互いが気持ちよく仕事ができるよう対応できるよう努めています。とはいっても、複数作品を同時に回して常に納期とミスを出せないというプレッシャーに追われているので、なかなかその余裕がないことも多いんですけどね…(笑)
また、「無理のある提案は受け入れない」ということも大切です。例えば、韓国特有の「軍隊」。主人公が軍隊に行っている様子が作画にも出てくるか、セリフ内だけなのかによっても判断は異なります。セリフ内だけであれば「休学」、「留学」などに置き換えもできますが、軍隊に関する絵が後半にでてきてしまったり、軍隊に行ったことがなにか他のストーリーに大きく影響を及ぼす場合、日本設定に置き換えてしまうことで読者は違和感を感じるでしょう。ある程度納品が完了すると作業と同時並行で配信も始まってしまうので、後からの修正はできません。しかも難しいのは、こういった判断を最初の10話分のみでしなければならない点です。
仮にいくら制作会社側に「日本設定に変更してほしい」と言われても、翻訳や写植担当の方からするとかなり無理のある選択です。なので、後半でどういった描写が出てくるのかがわからない分、「発生し得るすべての可能性」を基本設定集を通して原作作家に確認するわけです。いわゆるリスクヘッジでもあり、各担当を守ってあげること、そしてなにより読者を混乱させることのない作品の質を保つことに繋がります。なので、「難しいものは難しい」と、根拠を持って納得感のあるよう説明できる力も、ディレクターには必要だと思います。
―韓国ウェブトゥーンのおもしろさはなんですか?
塩野さん これは個人的な意見ですが、絵がきれいな作品が多い印象です。美男美女で魅力的なキャラクターが多いです。また、メイクやファッション、駅や、カフェ、ネットの検索画面など作画すべてがとてもリアルなんです。実際に町の風景などをそのまま写真のように描いたものも多く、読んだ後にはまるでドラマを見たような感覚に浸ります。「ストーリー」については、韓国ドラマのようにベタなものも多かったり、韓国のタイムリーな社会イシューを取り入れて描かれている作品もあります。韓国ドラマが「ベタだけど面白い」、「韓国っぽくて笑っちゃう」というように、ウェブトゥーンにおいても「韓国らしさ」に魅力を感じる読者も今後増えていくのではないでしょうか。今後も韓国ブームが広がるに連れ、日本設定へ置き換えをせず、あえて韓国設定のまま配信される作品も増えていくのではないか、とも思ったりもします。
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「日本と韓国の懸け橋として『チーム日韓』と『共生アジア』の実現を目指す」をミッションに、日本企業の韓国進出をトータル支援するために設立されたコンサルティング会社。日韓ビジネスにおけるコンサルティング、各種リサーチ&コミュニケーション支援を始め、物販、メディア事業等幅広く展開。ウェブトゥーン関連事業は2018年より開始し、以後作品ローカライズや韓国側版元との契約調整、調査案件など幅広く対応。
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