第四回:〝新しい文明〟をつくるほどの社会的インパクトを創出したい
―社会的課題を解決するようなスタートアップへの投資となると、人助けやボランティアなどのニュアンスもあるように思うのですが、そのあたりについてはどうでしょうか。
孫さん 寄付やNPOへの支援なども手掛けていますが、いわゆる社会的弱者をターゲットにしたビジネスにはあまり関心を持っていません。というのも、社会的弱者に対するサービスの多くは「市場の失敗」(需要と供給の自動調整機能が働かない状態のこと)に陥りやすいからです。社会起業家のなかには社会的弱者の救済に情熱を燃やし、ストレートに社会的弱者を支援するビジネスを推進しようとする人がいますが、私にとってそれはあまり魅力的なものではないのです。むしろ先述したように社会を根幹から変えることで、結果的に社会的弱者が救済されるようなビジネスに共感を覚えます。
―そのほかに興味を持っているビジネスはありますか。
孫さん 現在私たちはシンガポールで政府と連携し、いわゆる特区のなかでさまざまなビジネスの実証実験などに取り組んでいるのですが、最近はもっと社会を根幹から変えるような取り組みを推進したいという思いが強くなってきています。それで思い描いているのが〝新しい文明〟をつくれないかということです。その一例として、海上で農業を行う取り組みがあります。すでにオランダやイギリスの研究者たちが基礎技術は完成させており、彼らが開発した装置を使えば、たとえば米を海上で育てることができるうえに、海中のミネラルを豊富に含んだ上質な米を栽培することができるというのです。しかも、田んぼのように2、3年おきに休ませて地力の回復を待つ必要もありませんし、少し沖合で栽培すれば虫などによる食害のリスクを抑えることもできます。まさに夢のようなテクノロジーです。
―実に興味深いお話で、ワクワクしてきますね。
孫さん すでにドバイなどからもオファーがきているようですが、ドバイの場合は海から水路を引いて、そこで稲を栽培することによって、食料自給率の向上とあわせて緑地面積を拡大し、気温を低下させたいといった狙いもあるようです。
―世界の食料問題が根底から変わりそうなテクノロジーですね。
孫さん この話を耳にしてから、いわゆる日本の里山の風景に違和感を覚えるようになりました。土壌に無理をさせながら米をつくるのではなく、より広大で栄養豊富な海をフィールドにすれば、地球にやさしくかつ効率的に食料を生産できるのではないか、と思うようになったのです。日本でも雨風の影響が少ない瀬戸内海や琵琶湖などはこの農法の最適地だと思うので、ぜひチャレンジしてみたいですね。